ひよっこぴょこ丸の『脱線ライフ』

人生、脱線してからが本番!人生1回目のひよっこが世の中のなんやかんやについて書くブログ

LEFスピンオフ『人魚の歌』パート2

【前回までのあらすじ】

何者かに追われて、森の奥にある工房に迷い込んだ『ハルナ』。

工房のあるじ『ぴょこ丸』を信じて保護を受けることにした彼女には、実は秘密があった…

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「ふぅ…」

汚れた体を洗い流し、ゆっくりと湯船に浸かる。

じんわりと暖かさが広がってきて、自分の体が冷えきっていたのに気がつく。

やっぱり、水に触れていると落ち着く。

湯船には、先ほどのハーブティと似た香りの薬草が浮かべられていた。

肩の傷は、血は止まっているものの、やはりピリピリと痛む。

ゆっくりと肩まで湯に浸かり、考える。

追われていた理由はおそらく『アレ』だ。

すでにこの街にも情報が入っていたのだろう。

しかし、この工房の主人たる青年…雨の中、夜遅くに突然飛び込んできた私に、警戒する様子もなく親切にしてくれている。

『泊まっていけ』と言われた時には、何か下心でもあるんじゃないかと思ったが、彼の関心はむしろ、あの『短剣』の方にあったようだ。

父からもらった大切なものだが、世話になっているお礼だ。

信頼には信頼で応えなければ…

水に触れて、父のことを思い出し、少しだけ気持ちが緩んだ。思わず鼻歌が漏れる。

「♪〜」

明日からの行くアテはないが、今はこの安心感に身を委ねよう…

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この『短剣』と向き合って、どれくらいの時間がたったのだろう。

単に美しいだけでなく、はめ込まれた蒼い石には、水の魔力が込められているようだった。

スケッチも描き終え、改めて短剣を見つめていると

「ありがとう。いいお湯だったわ。それに薬草まで」

お風呂から上がって、貸しておいたバスローブを羽織ったハルナが立っていた。

お風呂に入る前と比べて、肌にも目にも明らかに生命力が増しているのがわかった。

「元気になったなら何よりだ。ところで…」

「ん?」

これまでで気づいたことを問う。

「アンタ、もしかして…"人魚"なのか?」

気づいてしまったゆえ、聞かずにはいられなかった。

「おまえ…なぜ…」

ハルナの顔が険しくなる。

明らかに警戒心を強めている。

どうやら、あったっているらしい。

「イヤ、オレは『人魚伝説』なんか信じちゃいない。アンタの血や肉にも興味はない」

少し警戒が緩む。

『人魚の血や肉を摂れば、不老不死の力が得られる』という古い伝説がある。

もっとも、人魚という種族が発見されるずっと前に書かれたもので、殆どの人間は信じていない。

二本足で歩いていることは解せぬが、追われていた理由はその『人魚伝説』のせいと考えれば合点がいく。

「なんで…わかったの?」

「この短剣、装飾は明らかに海のものだし、石には水の魔力が込められていた。それに…」

「それに?」

普段から人を観察しているせいか、歩き方、所作、息遣いにもどこか人間離れした雰囲気を感じていたが…

「お風呂から聞こえてきた歌が、この世のものとは思えないくらい美しくて…」

人魚は歌が上手いと聞いたことはあったが、実際に聞くのは初めてだった。

初めて聞くのに、どこか懐かしい、不思議な歌だった…が

「な"ッ!?」

ハルナが人魚であることがバレた時以上に動揺している。

顔が見る間に真っ赤になる。

「すまない…盗み聞きするつもりはなかったんだけど、美しすぎて…つい聞き入ってしまった…」

「ウぅ…うつ?うつくしッ!?」

ハルナは、さらに動揺してワナワナと震えている。

鼻歌を聞かれたこと以上に、その歌を褒められることに動揺しているようだ。

「あー…その…えーと…」

予想外の動揺に、こちらも同様に動揺する。

「ベッドは二階に。好きなように使ってもらっていい。オレはもう少し短剣を見させてもらうことに…」

まだ、紅潮した顔でワナワナと震えている…

「あの…ハーブティ飲む?」

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そのあとは、ハルナが落ち着くまでハーブティを飲みながら雑談をした。

今まで、誰かに聞かせるために歌を歌ったことがなかったらしい。

だから、感想を言われたことも、ましてや褒められたことなどなかったという。

海は今魔王によって住める状態ではなくなっており、かつての海を取り戻すために気合いで陸に上がって二本足で歩けるようになったらしい。

世界には、まだまだ不思議なことがたくさんあるもんだと感心した。

そして、追手はおそらく、人魚伝説を信じる何者かに雇われた賞金稼ぎだろうとのことだった。

二頭の猟犬を連れた大柄なハンターで、町のはずれで、ハルナが1人になったところを襲ってきたらしい。

幸い、小雨が降っていたため、猟犬の嗅覚に追われることなく、逃げながらさまよった挙句にここにたどり着いたらしい。

しかし、屈強なハンターと猟犬を差し置いて逃げ切るほどの健脚を持った人魚とは…

さらに、とりとめのない話をして、落ち着いた頃を見計らって

「さ、今日はいろいろあって疲れてるだろうし、もう寝たほうがいい。さっきも言った通り2階のベッドは好きに使ってくれていいから」

「ああ。何から何まですまない…おやすみなさい」

「おやすみ。明日のことは、明日朝飯がてら考えよう」

「ぴょこ丸はどうするんだ?」

「オレは…この短剣ともう少し向き合うことにする」

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今は元気そうに振舞っていたが、ベッドに入れば疲れでぐっすり寝られるだろう。

「さてと…」

作業机に向かって製図用紙を取り出す。

こんなにワクワクするのは久しぶりだ。今夜は徹夜になりそうだ…

〜つづく〜